九里 鑑弥(くのり **)

九里 鑑弥写真師台紙鶏卵紙

九里鑒弥、九里鑒彌、九里鑑彌など旧漢字表記も多い。
長岡藩士・九里番右衛門家の八代目。

初代・九里市左衛門信泰、2代・九里番右衛門次雄、3代・九里番右衛門正勝、4代・九里番右衛門正次、 5代・九里番右衛門信之、6代・九里番右衛門信雄。

父・九里番右衛門信休(七代)は同じ長岡藩士・堤九八郎から九里家の養子にあており、槍の指南役であったという。明治初年の石高は66石。
兄・九里健三は戊辰戦争で負傷し、高砂屋第5代目、のち警察官。

藤田房太郎に写真技術を学んだ。 明治 21 年、旧遊覧場三芳楼付近に開業。 東京で開業していた長尾玉圃を長岡に誘い開業させている。

生年/出身:

開業年: 1888

開業地、主要拠点: 新潟(長岡、旧遊覧場三芳楼付近)

師匠: 藤田 房太郎

弟子: