中鉢 直綱(なかはち なおつな)

家族と開拓使として北海道滝川に入植。第七師団(北海道に置かれた常備師団)兵士という。明治32年、旭川で開業。明治37年、日露戦争開戦。従軍写真師として参加。乃木希典に随行。明治39年9月、アメリカに渡り、従兄の菊地東陽(菊地学治)と合流。経済と写真術を学ぶ。明治42年、帰国。東京麻布飯倉で中鉢写真館を経営。大正3年、東京大正博覧会に出品している。昭和16年、オリエンタル写真工業の取締役に名がある。晩年は失明し、神奈川県葉山町で死去。 墓所は多磨霊園。
同じ北海道旭川に中鉢孝という写真師がいるが、同一人物か関係者か不詳。

生年/出身: 山形(東村山郡天童町)

開業年: 1899

開業地、主要拠点: 北海道(旭川)、東京(麻布飯倉5)

師匠:

弟子: