【古写真関連資料】写真師たちと、江戸時代半ばから幕末の代表的な私塾

日本の私塾一覧

◆私塾
江戸時代、教育機関は、「昌平黌」、「藩校」、「郷校」、「教諭所」、「心学舎」、「私塾」、「家塾」、「寺子屋」などがあった。「私塾」は、幕府や藩が設置した教育機関とは異なり、一定の枠にはまらず、塾主の個性と、有志者の自発性を基盤として発展した教育機関。特に、江戸時代後期に活発な活動が見られ、多くの有能な人材を世に送り出している。
「私塾」には、咸宜園(大分・廣瀬淡窓)、鳴滝塾(長崎・シーボルト)、松下村塾(山口・吉田松陰)、適塾(大阪・緒方洪庵)、洗心洞塾(大阪・大塩平八郎)、梅花塾(大阪・篠崎小竹)等があり、世に知られている。また、江戸・京・大坂を中心に、無名ながらも高度な教育内容を誇った個性的な私塾が数多く存在した。

江戸時代の教育水準は国際的にみても高かったと考えられており、武士はもちろん、商人や農民の間にも読み書きなどを学ぼうとする教育への関心が高かった。僧侶や浪人らが子どもに読み書きそろばんを教える寺子屋から、名の通った学者が指導し人材を輩出した著名な塾まで、さまざまな私塾が存在していた。さらに幕末に近くなると蘭学塾、兵学塾、医学塾など多様な学問の私塾も見られるようになった。塾として教育を行った期間は短いが後代に大きな影響を残したものや、また明治以降も、近代教育制度の中にその伝統が続いていったものなどがある。緒方洪庵門下である福沢諭吉の福沢塾(慶應義塾)が日本最大の組織体として現在に至る(アメリカ合衆国のニューヨーク市にもあった)。

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◆代表的な私塾(江戸時代半ばから幕末)

漢学塾
蘐園塾(江戸) – 荻生徂徠
心学講舎(江戸) – 石田梅岩
桃夭女塾(江戸)- 下田歌子
清河塾(江戸) – 清河八郎
藤樹書院(近江国青柳) – 中江藤樹
明倫舎(京都) – 手島堵庵
古義堂(京都) – 伊藤仁斎・伊藤東涯
青山社(大坂・江戸堀)-頼春水、頼山陽
懐徳堂(大坂) – 中井甃庵・中井竹山ほか
洗心洞(大坂) – 大塩平八郎
南明堂(大坂) – 行田義斎
雙松岡塾(大坂) – 松林廉之助、松本奎堂、岡鹿門
仁寿山黌(播磨国姫路) – 河合道臣
青谿書院(但馬国宿南) – 池田草庵
牛麓舎(備中国松山) – 山田方谷
虎口渓舎(備中国松山) – 三島中州
黄葉夕陽村舎(備後国福山) – 菅茶山(黄葉夕陽村舎はのちの郷学「廉塾」の前身)
松下村塾(長門国萩) – 吉田松陰・玉木文之進
自遠館(豊前国)-恒遠醒窓(のちに蔵春園に改称)
百道社(筑前国福岡)-亀井南冥、亀井昭陽
咸宜園(豊後国日田、大坂、江戸) – 広瀬淡窓・広瀬旭荘
晩香堂(豊前国) – 白石照山
長善館(越後国長岡) – 桂湖村、鈴木虎雄ほか
三餘堂(越後国南条) – 藍澤南城
景山塾(伯耆国) – 景山粛、景山龍造
泊園書院(大坂) – 藤沢東畡
国学塾
和学講談所(江戸) – 塙保己一
鈴屋塾(伊勢国松坂) – 本居宣長
洞津谷川塾(伊勢国津) – 谷川士清
梅の舎塾(出雲国杵築) – 千家俊信
気吹舎(江戸) – 平田篤胤
審神舎(京都) – 富士谷御杖
報本学舎(京都) – 大国隆正
神習舎(京都) – 六人部是香
古義軒(土佐国) – 鹿持雅澄
西洋医学塾
鳴滝塾(長崎県・長崎) – シーボルト
東洋医学塾
啓迪院(京都)-曲直瀬道三
衆芳軒(京都)-小野蘭山
成章堂(京都)-松原一閑斎
蘭学塾
成秀館(長崎)-吉雄耕牛
観象堂(長崎)-吉雄常三
青嚢堂(長崎)- 吉雄権之助
稽古堂(豊後) – 帆足万里
天真楼(江戸)- 杉田玄白
芝蘭堂(江戸) – 大槻玄沢
風雲堂(江戸)-宇田川玄真
安懐堂(江戸・深川三好町)-坪井信道
日習堂(江戸・深川冬木町)-坪井信道
好生堂(江戸)-坪井信友
蘭馨堂(江戸)-吉田長淑
象先堂(江戸)-伊東玄朴
迎翠堂(江戸)-土生玄碩
氷解塾(江戸)-勝海舟
膺懲館(江戸)- 下曽根金三郎
象山書院(江戸)-佐久間象山(象山書院は五柳精舎ともいわれる)
鳩居堂(江戸)-大村益次郎
慶應義塾(江戸)-福澤諭吉(中津藩)
和田塾(江戸)-佐藤泰然
江川塾・韮山塾(江戸) – 江川太郎左衛門
縄武館(伊豆)-江川英龍、高島秋帆
好蘭堂(美濃国大垣)-江馬蘭斎
順正書院(京都)-新宮凉庭
学館医学院(京都)-畑黄山
蓼莪堂(京都)-吉雄元吉
究理堂(京都)-小石元俊、小石元瑞
素珍館(京都)-小森桃塢
春林軒(紀伊)-華岡青洲
絲漢堂(大坂)-橋本宗吉
思々斎塾(大坂)-中天游
適塾(大阪) – 緒方洪庵
名塩蘭学塾(摂津国名塩)-伊藤慎蔵
昭淵堂 (大坂)-高良斎
五岳堂(宇和島)-高野長英
順天堂(佐倉)-佐藤泰然
英蘭塾(兵庫県・三田)-川本幸民
和算塾
音羽塾(江戸)-本多利明
真空館(大坂)-武田真元
瑪得瑪第加塾(江戸)-内田五観
天文学塾
斉政館(京都)-土御門家
先事館(大坂)-麻田剛立
書道塾
楽群堂(江戸) – 亀田鵬斎
蕭遠堂 (江戸)- 巻菱湖
小山林堂 (江戸)- 市河米庵
須静堂(京都) – 貫名菘翁
画塾
勝川塾(江戸)-狩野雅信
春暢学舎(茨城県・古河)-奥原晴湖
写山楼 (江戸)- 谷文晁
明治時代の私塾
三叉学舎(東京)-箕作秋坪
同人社(東京) -中村正直
済美黌(東京) – 高谷龍洲
紹成書院(東京) – 岡松甕谷
二松學舍(東京)-三島中洲
大江義塾(熊本)-徳富蘇峰
女子英学塾(東京)-津田梅子、山川捨松、アリス・メイベル・ベーコン
長流画塾(東京)-川合玉堂
磨鍼塾 – 宮川視明
冀北学舎 – 岡田良一郎
猶興書院 – 松浦詮
格知学舎 -本沢竹雲
耕余塾 – 小笠原東陽
蒙軒塾,聴水堂 – 近藤喜則
順天堂求合祉(和算塾、大阪)-(福田理軒)福田金塘
戴星義塾(佐藤勇、農学校予科受験のための中等教育機関)
私塾立命館 – 西園寺公望
攻玉塾/攻玉社 – 近藤真琴
忠誠塾 – 大久保彦三郎
海南私塾 – 山内豊範
私塾春靄学舎
研成義塾 – 井口喜源治
小諸義塾 – 木村熊治
巣園学舎 – 遠藤隆吉
興志塾(人参畑塾)- 高場乱
余力学舎 – 新楽金橘
成蹊園
文友館 – 伊庭想太郎
浩々洞 – 清沢満之
聖公会立教学校 – チャニング・ムーア・ウィリアムズ
商法講習所(東京)-森有礼
研数学館 – 奥平浪太郎
支那語研究会
興亜会支那語学校
斎藤女学館 – 斎藤由松
鳳鳴義塾 – 青山忠誠
共立学舎 – 尺振八
称好塾 – 杉浦重剛
共慣義塾 – 南部信氏
酔経学舎 – 狩野旭峰
桂芳女塾 – 西脇立樹(塾生に鳩山春子など)[1]
新川義塾(熊本) – 名和童山
大正時代以降の私塾
育英舎
玄谷塾学校
私塾青善学舎学校
進文学社
私塾国士舘
武庫中学
玉川塾 – 小原國芳によって国学・漢学・洋学を基礎に創立された最後の私塾