【古写真の調査後売却】大礼服の弁護士・宮崎三之助、板垣不二男の肖像写真(大判、台紙貼付)

【古写真の調査後売却】大礼服の弁護士・宮崎三之助、板垣不二男の肖像写真(鶏卵紙、台紙貼付)

◆板垣不二男
位階・勲等・功級 正四位、勳四等。爵位・身分・家柄 山形縣平民。職業 辯護士。性別 男性。生年月日 文久二年十一月二十六日。親名・続柄 板垣善兵衞の長男。君は山形縣平民板垣善兵衞の長男にして文久二年十一月二十六日を以て生る明治二十一年七月法科大學を卒業して法學士の稱號を得職を司法官に奉し爾來東京地方裁判所判事前橋地方裁判所部長東京控訴院判事千葉地方裁判所所長大阪控訴院部長大津地方裁判所所長等に補し同四十年八月大阪控訴院部長に任せられしか現時官)を辭し辯護士となれり。家族は前記の外甥靜男(明二九、四生、亡弟玉治四男)姪雪(同三五、二生、同四女)同みさを(同四〇、四生、同五女)あり。同千賀(同二二、七生、同長女)は山形縣人原田三藏二男仁七に嫁せり。

◆宮崎三之助
日本の裁判官、弁護士、政治家(立憲政友会)。富山県富山市に出生。1892年(明治25年)、明治法律学校(現在の明治大学)を卒業。判事検事登用試験に合格し、判事として七尾、木更津、千葉の裁判所に勤務した。後に弁護士を開業し、本所区会議員、同議長、東京市会議員を歴任。1920年(大正9年)、第14回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。その間、東京市疑獄事件で収賄罪に問われ、1922年(大正11年)に東京地方裁判所で懲役3ヵ月執行猶予3年の判決を受けたが、翌年の控訴審で無罪判決を受けた。その後、第15回衆議院議員総選挙で再選を果たした。また、実業家としては、日本相互銀行(現三井住友銀行)社長、東京府農工銀行取締役、東洋捕鯨株式会社取締役、富山県織物模範工場株式会社取締役、常盤興業株式会社取締役、坪内硝子株式会社監査役などを歴任した。