伊達 弥助(だて やすけ)

幼名は伊達徳松。 伊達家は代々西陣で織屋を営み、屋号を井筒屋といった。明治 6 年、京都西陣の機業家の父・伊達弥助は、日本政府からウィーン万国博覧会に技術伝習生として派遣された。 明治 9 年、父の死去に伴い伊達弥助を襲名。 辻礼輔に師事して画法と舎密学を修めた。 明治 23 年、帝室技芸委員、第 3 回内国勧業博覧会、京都市工業物産会の審査員などを歴任。 明治 25 年、臨時全国宝物取調局御用掛となる。 明治 25 年、死去。

生年/出身: 1839 京都(堀川天神北街)

開業年:

開業地、主要拠点: 京都

師匠: 辻 礼輔

弟子: