田中 松太郎(たなか まつたろう)

田中松太郎写真師台紙鶏卵紙

旧姓は飯森松太郎。 文久 3 年、富山県の下級武士の家に生まれた。 明治 15 年、上京し日下部鳴鶴(田中美代治の父)の書生となり、田中美代治に写真術を学んだ。 明治 28 年、田中美代治の死去に伴い、継承した。 明治 28 年、田中美代治の妻と結婚し田中姓を名乗る。 明治 30 年、牧野伸顕のイタリア行使赴任に随行し、ローマ、パリ、ドイツの美術館を廻る。 明治 34 年、ウィーンの写真製版教習所で三色版印刷技術を習得。 また、プラハのヘイスラー製版所で研修を受けた。 明治 37 年、帰国。 明治 39 年、東京印刷に入社。 大正 4 年、田中半七製版所を創業。学術美術工芸品の複製に携わる。 毎日新聞社印刷功労賞など受賞。 カラー印刷技術については評判が高く、画家が自ら作品を持ち込んだという。

生年/出身: 1863 富山(越中国四方町)

開業年:

開業地、主要拠点: 東京(新橋日吉町)

師匠: 田中 美代治

弟子: 若林 安松