臼井 秀三郎(うすい しゅうざぶろう)

別名は臼井蓮節。幼名は臼井重蔵。三男。父は下田池之町の資産家で屋号「香取屋(かんどりや)」の臼井伝八。臼井伝八の長女・臼井美津は、下岡蓮杖の妻(先妻)。一時、下岡蓮杖は臼井秀三郎の義兄であったことになる。 実家の「香取屋」は、天明3年から続いているとされ、昭和6年時点の当主は臼井宇之吉。代々 臼井伝八の名を踏襲している。

慶応 3 年、横山松三郎に次いで下岡蓮杖の二番目の弟子となり、「蓮」の字を貰って「蓮節」と名乗る。明治 2 年、徳川家達の肖像写真の写真台紙裏側に「横浜 臼井蓮節」の印章がある。 明治 8 年(または 10 年頃)、横浜太田町 1 丁目 13 番地で写真館を開業。明治 12 年、南北戦争北軍の将軍ユリシーズ・グラント(第 18 代アメリカ合衆国大統領)を撮影。グラント将軍の写真はのちに銀座の岸田吟香の店で販売された。明治12年10月24日の横浜毎日新聞に「臼井科三郎」とあるが、誤りと思われる。明治14年に出版された『横浜商人録』に横浜太田町 1 丁目 13 番地と記載されている。明治 15 年、英国の博物学者のヘンリー・ギルマールの日本旅行に同行し、日本各地の写真を撮影。この写真はケンブリッジ大学に保管されている。 明治 18 年(または 17 年)、デビッド・ウェルシュとともに、横浜居留地 16 番に横浜写真社を開設。その後、横浜写真社はアドルフォ・ファルサーリ(ファサリ)に買収されたため、開業地の太田町に戻った。

2005年に刊行された『ケンブリッジ大学秘蔵明治古写真(平凡社)』はすべてが臼井秀三郎の撮影した写真であった。

生年/出身: 静岡(伊豆国下田池之町)

開業年: 1875(または 10 年頃)

開業地、主要拠点: 神奈川(横浜太田町 1 丁目 13)

師匠: 下岡 蓮杖

弟子: