【古写真の調査後売却】伏見宮貞愛親王(鶏卵紙、手札名刺サイズ)

鶏卵紙古写真伏見宮貞愛親王

◆伏見宮貞愛親王
日本の皇族、陸軍軍人、帝国軍人後援会総裁(初代)。官位は元帥陸軍大将大勲位功二級内大臣。伏見宮邦家親王第14王子。母は鷹司政煕の女鷹司景子。伏見宮第22代および第24代。幼名は敦宮。親王は初め妙法院を相続したのち孝明天皇の養子となるが、伏見宮貞教親王薨去のため、1862年(文久2年)旧暦11月に還俗し家督を継ぐ。1864年(元治元年)いったん伏見宮を離れ家督を父宮の邦家親王に渡す。そして1872年(明治5年)再度伏見宮を継承し第24代となる。

親王は皇族として唯一、大正初期に4代目の内大臣を務め、軍人として最高位の元帥陸軍大将に就任したほか、大日本農会・大日本蚕糸会・在郷軍人会・理化学研究所・恩賜財団済生会・大日本武徳会等の総裁を歴任する。なお、済生会の総裁職はのちに寬仁親王が就任する。

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親王は馬術・囲碁・音楽・弓術・撞球・書道・書画刀剣・木石花卉などを趣味とし、銚子犬吠埼の別邸・瑞鶴荘には矢場・撞球場が設けられた(『貞愛親王逸話』)。親王は福岡県宗像市の宗像大社を厚く崇敬し、記紀にある神勅の言葉を揮毫している。