海部 誠也(かいふ まさや)

海部写真師名古屋

父は写真師・海部幸之進。大正6年、名古屋商業高校を卒業した後、家業の中村写真館を継ぐ。大正11年、東京写真研究会と愛友写真倶楽部に入会して以来、芸術写真にも手を伸ばす。昭和8年、昭和11年まで4年連続で東京写真研究会展で銀賞を受賞。昭和10年、国際写真サロンの特待員となる。昭和10年、新光写真研究協会を設立。名古屋写真師会会長や全日本営業写真研究会理事などを歴任。 昭和56年、日本写真協会功労賞を受賞。政治家・元首相の海部俊樹は息子。新光写真研究協会、全日本写真家協会会員。兄(海部安昌)は東京高等裁判所部長判事次などを勤めた。妹(海部静)は小野恒彰の妻になった。
海部幸之進の父は海部昂蔵(1850年-1927年)といい、尾張徳川家の家職であった。海部昂蔵は弟の海部荘蔵ら兄弟と養鶏業を営み、名古屋コーチンの元となる海部種を開発。弟らに養鶏業を任せ、明治15年から、同家の開墾場が置かれた北海道・八雲村で開拓代表委員となり指導にあたった。1900年から1904年まで私立明倫中学校初代校長。明治36年12月19日から大正3年5月1日まで、尾張徳川家の家令、同年から同家の御相談人を務めた。

生年/出身: 1899 愛知(名古屋市)

開業年:

開業地、主要拠点: 愛知(名古屋市)

師匠: 海部 幸之進

弟子: