熊谷 直孝(くまがい なおたか)

幼名は 熊谷次郎橘。父は幕臣で奥医師を勤めた熊谷直房。長男として生まれる。 医学館で医学を学び、横浜仏語伝習所に学ぶ。 明治 4 年、横須賀造船所に入る。 明治 5 年、フランスに留学。 明治 7 年、帰国のち造船所編纂掛などを経て、海軍造船練習所教授を務める。 明治 11 年、写真術の研究も行い、コロジオン湿板の解説書「写真新法」を編纂。 昭和17年、死去。

同姓同名の京都の香商鳩居堂7代目当主とは別人。なお、淡海 槐堂が安政 6 年に撮影した鳩居堂七代目当主熊谷直孝の写真は、現存する国内の写真では 2 番目に古いものとさ れ、京都市有形文化財に指定されている。

生年/出身: 1850 東京(江戸麻布狸穴)

開業年:

開業地、主要拠点:

師匠:

弟子: