秋尾 園(あきお その)

秋尾園中島待乳

父の秋尾利義は沼田藩士(70 石)で、幕府陸軍馬術指南役、帝国陸軍馬術教官、藩校の剣術指南、微塵流 の師であった。 明治 6 年、父が陸軍士官学校で馬術を教えていた頃の同僚に洋画家川上冬崖・小山正太郎がおり、この時 期に洋画を知ったと思われる。 浮世絵や、フェリス女学校で英語を学んだ形跡もある。 明治 9 年、工部美術学校に女子入学規定が整備されると第一期生として入学し、幾何学・遠近法・飾画・ 論理影法・模写・写生などを学ぶ。 全 6 名の女子生徒はほかに山下りん、神中糸子、大鳥雛、山室政、川路花で、画家として大成した人物も あり、そのうち最年少であった。 明治 10 年、「画学生進歩表」では第二級の成績を収めたとある。 明治 13 年、写真師・中島待乳と結婚し、工部美術学校を退学。 その後は中島待乳の幻灯機製造に関わり、彩色・下絵の製作を行った。 晩年は牛込区弁天町に移住したという。 昭和 4 年、死去。墓所は多磨霊園。 甥の鈴木定次は小西六(杉浦六三郎、のちコニカ)で感光剤・フラッシュを研究。 弟の秋尾新六は写真師であり、在家日蓮宗浄風会創立者。 秋尾新六の妻は秋尾勢以 。甥の勲(秋尾新六の次男、のち中島待乳の養子)は、陸軍工兵大尉として航空写真に従事していた。

生年/出身: 1863 群馬(沼田市西倉内町)

開業年:

開業地、主要拠点: 東京(日本橋)

師匠: 中島 待乳

弟子: