中川 信輔(なかがわ しんすけ)

中川 信輔写真師台紙鶏卵紙

屋号は文雅堂肥後屋、浪花文雅堂。蘭学も学んでいた銅板画家・中伊三郎に銅版画を学び、横田朴斎和田猶松に写真術を学ぶ。大阪の風景を写した銅板画が残されている。嘉永から安政年間、銅版画家として活動。 明治 2 年頃、大阪心斎橋に写真場を開業。明治2年頃、 幕末・明治期の医師「三瀬諸淵」は、大坂本町橋西誥の中村雅朝、心斎橋の中川信輔のもとで写真を撮っている。

生年/出身: 大阪

開業年: 1869

開業地、主要拠点: 大阪(心斎橋北詰塩町)

師匠: 横田 朴斎 和田 猶松

弟子: