
◆1853年
ペリー艦隊の従軍写真家ブラウン・ジュニア、8日間の滞在中、那覇の天久聖現寺で地元民の写真を撮影
◆1854年
総理官らの撮影を要求していたアメリカ艦隊、天久聖現寺で総理官、那覇地方官らを撮影
◆1875年
鹿児島商人・垣田孫太郎が写真業を始める。
◆1889年(明治 22 年)
成田常吉は山本芳翠と共に伊藤博文、大山巌等の沖縄視察に同行し撮影。
◆1890年
『沖縄県統計』に写真師・那覇2人となっている。(おそらく 垣田孫太郎 、 岩満写真場)
◆1895年
『袖珍沖縄旅行案内』に、後の上之倉写真館(那覇東村上の倉・岩満写真場)の広告(沖縄初の写真館の広告)
◆1899年
東京で写真術を取得した山城正択、泉崎で写真店開業
◆1899年
『太陽』第5巻第23号に「琉球風景-那覇明治橋、泊古橋、崇元寺」掲載
◆1899年
写真館・清容館を開業した吉村貞、東宮成婚記念で計画された「沖縄県学校写真帖」を委託され、県下80校を撮影
◆1900年
福永 義一が 沖縄那覇でペンキ看板製造の傍ら、「のぞき眼鏡興行」「公正会影劇部」と称して幻燈写真の興行を行っていた。同年中に福永写真部を開業。
◆1901年
写真同盟(山城写真館・清谷館写真所・岩満館写真館)設立
◆1903年
又吉写真館(又吉昌法)が開業 又吉昌法 那覇市久米
◆1903年
『日本写真帖』に「首里城、崇元寺、波之上、那覇港」などの写真が掲載される
◆1903年
久野写真館、学校卒業記念写真を始める
◆1918年
アサヒ写真館(平岡実)、那覇上之蔵通りで開業