藤 蘭一郎(ふじ らんいちろう)

名古屋の蘭学者。別名は東蘭市、藤蘭一。幕末に写真を研究。味田孫兵衛からも学んでいる。 古い資料に「藤蘭一郎は、藤蘭宇の孫」という記載がある。明治6年、佐藤三八が学んでいる。明治7年、名古屋で写真師として開業。明治43年、死去。墓地は名古屋茶屋町の東輪寺。

「天保五甲醤家姓名録(御用懸瞥師)」などの資料によると、祖父・藤蘭宇は伊藤東涯に儒学を学び、山脇東洋(丹波亀山出身の医学者 で実験医学先駆者の一人)に医学を学び、名古屋の町医であったという。 1746 年(延享 3)長者町に転居して、1748 年(寛延元)の朝鮮通信使通行では御用掛をつとめ、1764 年(明和元)の朝鮮通信使一行の構成員や尾張藩主 9 代宗睦の実母の療治にあたるなどした。 藤蘭宇の子に藤左龍という名が残り、これが藤蘭一郎の父と思われるが断定できない。藤左龍は父の藤蘭宇、小野蘭山、山脇東洋、賀川玄悦(近江国彦根出身の産科医で、胎児の正常胎位を発見した人物)に師事し、父の後を継いで名古屋で医師になった。

生年/出身: 1841 愛知(名古屋真福寺)

開業年:

開業地、主要拠点: 愛知(名古屋)

師匠: 味田 孫兵衛

弟子: 佐藤 三八