伊藤 廣治(いとう こうじ)

号は井森屋、伊守。 上野彦馬から写真術を学んだ。 明治 4 年頃、大阪御堂筋順慶町にと写場と西洋料理設の店舗を開業したが、間もなくして廃業。大阪南地九郎衛門町に移り写真を専業とし、芸妓、俳優、富豪が多く撮影に訪れ成功した。 明治 8 年、土産写真の複写について同業者間で論争が生じ、裁判所に出訴する事態になった際、大阪の写真師三十数名の代表者として守田来三と共に選ばれている。 また豪商・鴻池善右衛門(大坂の両替商・今橋鴻池家)に招かれ写真術を教えている。 明治 23 年、死去。 没後に伊藤廣次(伊藤栄吉)が継承している。

生年/出身: 1838 大阪

開業年:

開業地、主要拠点: 大阪(御堂筋順慶町)

師匠: 上野 彦馬

弟子: 伊藤 廣次