宇田川 準一(うたがわ じゅんいち)

津山藩医・宇田川興斎の長男。 祖父・飯沼慾斎、父・興斎と同様に、写真術の研究も行い、「脱影奇観和解」を翻訳・出版。 文久元年、蘭学者・坪井信良に医学、蘭学をまなぶ。 儒学者・昌谷精渓・ 昌谷千里には漢学を、川本幸民に洋学を学んだとされる。 明治初期、大阪理学校で理化学を専攻し、箕作秋坪(洋学者(蘭学者)、教育者、啓蒙思想家)の三叉学舎で英学を学んだ。 明治 6 年、東京師範教員となり、当時の物理学所の代表的作物となる「物理全志」を刊行。 明治 14 年、英国の科学者ロスコーの「化学」をもとに「化学階梯」を翻訳・刊行。 のち群馬師範教頭。陸軍省陸地測量部に勤めた後、ラサ鉱業(東証一部)重役などを歴任。 大正 2 年、死去。

生年/出身: 1848 東京(江戸)

開業年:

開業地、主要拠点:

師匠: 飯沼 慾斎 宇田川 興斎

弟子: