【古写真関連資料】明治24年・濃尾地震報道

明治24年・濃尾地震報道

小川一真日下部金兵衛宮下欽佐貫徳兵衛瀬古安太郎などが現地で撮影。
江木保夫は現地に写真師を派遣している。

◆明治24年・濃尾地震

1891年(明治24年)10月28日に濃尾地方で発生した、日本史上最大の内陸地殻内地震。「美濃・尾張地震」とも呼ばれている。辛卯の年に発生したことから辛卯震災と呼んでいる報告書もある。

両白山地から濃尾平野北方にかけて位置する濃尾断層帯のうち、根尾谷断層帯、梅原断層帯、温見断層北西部が活動をした。活動域は福井県境(福井県野尻)付近から岐阜県を経て愛知県境にまで及び、北北西―南南東方向に総延長約76kmの断層が出現した。地表の変位は両端ほど垂直成分が多く中央部では水平成分が多くなり、根尾谷断層に沿って水平変位は最大で7.6mを記録している。根尾村水鳥(みどり)地区での根尾谷断層は上下差6m横ずれ量4mにも及び、写真技師 瀬古安太郎撮影の写真は、この地震の象徴として広く利用されている。なお、この断層の写真撮影者には小藤文次郎(地球科学者)のほか、小川一真、瀬古安太郎などの写真師複数の名前が挙げられている。

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この地震活動により福井県境付近から岐阜県を経て愛知県境の断層に加え、地表に現れていないものの、分岐する岐阜 – 一宮断層など合計5個の断層が動いたと仮定する震源モデルが提唱されており、合計の地震モーメントは M0 = 1.5×1020N・m (Mw 7.4) と推定されている

北北西方向への延長線上には1948年福井地震を引き起こした福井地震断層が存在し、南南東方向への延長線上には1945年三河地震の深溝断層方向と同一である。