安政 5 年、長崎に留学中、写真術を研究している。 松本良順、上野彦馬、内田九一、阿部徳次郎(亀谷徳次郎)等とも親交していた。 明治5年または明治6年、桑田正三郎は神戸で横田朴斎から写真術を学んだのち、京都までの帰路で大阪に立ち寄り、大井卜新、宮津賢治郎、葛城思風、田村景美、石橋松之助、和田猶松、石川文右衛門等に会い写真術の研究を重ねた。
和歌山県平民・大井源四郎の長男として紀伊国牟婁郡西山郷平谷村(現三重県熊野市紀和町平谷に生まれ、大坂(京都?)で蘭学と医学を学び、さらに長崎でオランダ人、ボンベ・ボートエンのもとで